西加奈子『私のお尻』感想|笑いと苦味が同居する短編

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はじめに

08_西加奈子_私のお尻_はじめに

パーツモデルという仕事があるのをご存じでしょうか。

  • ハンドクリームのCMに「手」専門のモデル
  • アイシャドウの広告に「目」専門のモデル
  • かかとの角質除去クリームのCMに「足」専門のモデル

etc…

今回紹介する「私のお尻」(西加奈子著)は、
「お尻」のパーツモデルとしてスカウトされた
女性を主人公とした短編小説です。

「私のお尻」は
短編小説集『炎上する君』に収録されています。
Amazon.co.jp: 炎上する君 (角川文庫) : 西 加奈子: 本

あらすじ

日々バイトで生計をたてる、しがない女性。
器量もさえないが唯一誇れるものがあった。
「お尻」だ。

ある日、街中で「お尻」のパーツモデルとしてスカウトされる。
自己肯定感のひくい彼女だったが、
撮影現場でもてはやされ、高額な収入も得られることで自信をもつ。
しかし同時に「私ではなく、私のお尻が愛されているだけなのでは」という
不安もつきまとう。

ある日の撮影現場にて、スタッフの不注意で珈琲をかけられる。
顔にやけどを負うが、こころない一言をうけて限界を迎えた彼女は
スタジオを飛び出す。

街中をひとり歩いていると、ある男に声をかけられる。
「あなたご自身の中で、少し、遠くに置いておきたいもの、はないですか。」
「単刀直入に申し上げましょう。あなたの、お尻ですよ。」

男に案内された建物。
そこは、「遠くに置いておきたいもの」を置いておく施設だった。

テーマは重いが、どうしても笑ってしまう

08_西加奈子_私のお尻_テーマは重いが、どうしても笑ってしまう

この小説は、
“才能や容姿の良さが返って自身の人生の枷になり、
そこから自由になりたいと願う人間の皮肉な願望”
について書かれています。

周りが自分を見る目が固定されてしまうことに対しての
息苦しさというのは確かに共感できます。

上記のような少々重いテーマが1つあるのですが、
重くなりすぎない、むしろその重さを利用した笑いへの転換が随所にみられます。

例えば、撮影現場でスタッフが主人公に
珈琲を顔にかけてしまう場面があるのですが、
そこでのスタッフの一言は残酷かつシンプルゆえに
思わす口角が上がってしまいます。

「ああ、良かった。お尻じゃなくて。」

西加奈子『炎上する君』収録「私のお尻」(角川文庫, p.134)

また、「遠くに置いておきたいもの」を置いておく施設での
男との会話がおもしろいです。

男いわく、人は「愛憎半ばの感情を持っている部位はぼやけてみえる」とのこと。
彼女の場合、お尻がぼやけて見えたために声をかけたようです。

彼女は昔、テレビに出演していた水木しげるがぼやけて見えていたことがあり、
それは彼自身が実体を超えて愛されてしまったことに対しての複雑な気持ちなのかと
問う場面があるのですが、
男の返答がなんとも心をくすぐられるのです。

その方はきっと、あなたとは違う理由でぼやけているんです。私ほどになれば分かるのですが、彼の場合は、存在自体が不可思議なので、それに合わせ、彼のまとう空気もぼやけているのでしょうね。見てごらんなさい。黒柳徹子さんや、シルベスター・スタローンさんも、たまにぼやけていますよ。

西加奈子『炎上する君』収録「私のお尻」(角川文庫, p.134)

彼女の真剣な考察に対するこの斜め上からの回答。
また、確かにここに出てくる著名人
みんな存在自体、不可思議だよなぁ~と、
思わずにやけてしまいます。

ちなみにこの後太宰治も登場するのですが、
なかなかぶっ飛んだ展開なので
是非本を手にとって確認してもらいたいです。

同様に重いテーマで笑わせる話

1つ重いテーマを置いておきつつ、
「ん?なんだこの展開?」
とシリアスな展開から少し脇道にそれていき、
混乱と同時に一種の心地よさも感じさせる…。
西加奈子さんのうまいところなのかなぁと思います(偉そう)。

おなじような手法で笑わせてくれる小説をあげておきます。
・ある風船の落下 ※「私のお尻」と同様、『炎上する君』に収録されています。
・通天閣
Amazon.co.jp: 炎上する君 (角川文庫) : 西 加奈子: 本
Amazon.co.jp: 通天閣 (ちくま文庫) : 西 加奈子: 本

さいごに

今回は『炎上する君』に収録されている「私のお尻」を紹介しました。

『炎上する君』は短編小説集で、
各話が比較ポップで読みやすいのでお勧めです。

また、本のタイトルにもなっている「炎上する君」は映画化もされています。
そちらもぜひ!!
Amazon.co.jp: 炎上する君を観る | Prime Video